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クラウドファンディング

「後世に伝えたい ハンセン病の歴史」 ふるさと納税クラウドファンディング(GCF)

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[岡山県瀬戸内市]のふるさと納税クラウドファンディング(GCF)「後世に伝えたい ハンセン病の歴史」

期間 2019/05/09~2019/12/31

支援額 533,000円(目標額 3,000,000円)

支援者数 24

17%

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ふるさと納税ガバメントクラウドファンディング(GCF)プロジェクト詳細

ふるさと納税ガバメントクラウドファンディング(GCF)プロジェクト詳細

1 ハンセン病とは
ハンセン病は、「らい菌」という細菌がおこす慢性の感染症です。ハンセン病は発病すると、皮膚と末梢神経が侵され、皮膚の病変や知覚まひがもたらされます。 ※(1)
らい菌の病原性は極めて低く、感染したとしても人間の免疫力によって簡単に排除されてしまうため、発病に至ることは非常にまれです。
現在では適切な治療法が開発され、ハンセン病は早期発見・早期治療により後遺症を残すことなく完治できるようになっています。
しかし、世界中では発展途上国を中心に毎年20万人前後の新規患者数が報告されており、各国政府とWHO(世界保健機関)、民間団体がその制圧をめざして活動しています。

※(1)日本では従来、「癩(らい)病」と呼ばれていましたが、「癩(らい)」という言葉が偏見や差別を生むとして、現在では法律用語や医学用語、または歴史的資料からの引用以外では使われていません。


▲15年以上に及ぶ入所者の架橋運動を経て、本土と長島をつなぐ邑久(おく)長島大橋が
1988年(昭和63年)5月9日開通。2019年(令和元年)5月9日で開通から31年を迎えました。



2 日本で唯一、 2つの国立ハンセン病療養所を有する瀬戸内市
瀬戸内市邑久町虫明の長島には2つの国立ハンセン病療養所、長島愛生園と邑久光明園が設置されています。
島には歴史館などがあり、毎年多くの方が来られて、ハンセン病の歴史などについて学習しています。

左側:長島愛生園HP<<<長島愛生園HPはこちら>>>
右側:邑久光明園HP<<<邑久光明園HPはこちら>>>

長島愛生園は日本で最初の国立ハンセン病療養所として1930(昭和5)年に設置、邑久光明園は、大阪市内に設置されていた第3区府県立外島保養院が1934(昭和9)年の室戸台風で壊滅したため、1938(昭和13)年に長島を再興の地として開設されました。
以来、瀬戸内市は全国で唯一、2つの国立ハンセン病療養所を擁する基礎自治体としての歴史を歩んでいます。



 3 ハンセン病問題
長島両園の入所者数は第2次世界大戦中のピーク時には約3,000名にまで膨らみましたが、現在では239名となり平均年齢は85 歳を越え、高齢化が不可逆的に進んでいます。(2019年4月1日現在)

現在、長島両園を含む全国13の国立ハンセン病療養所には、治療を受けている方はいません。入所者には、我が国におけるハンセン病患者隔離政策は療養所内での結婚は認めつつ、療養所内で子どもを産み育てることを許されなったため、合法違法に関わらず断種と堕胎が行われました。有効な治療薬が開発される前の症状を後遺症として持つ障がい者で、家族や社会とのつながりを断たれたうえで療養所に隔離され、断種・堕胎をはじめとする数々の人権侵害の中を生き抜いて来られた高齢者の方々です。

そのため、ハンセン病と療養所の歴史を体験者として証言できる方が近い将来、存在しなくなることが予想され、療養所の歴史、療養所入所者の生きた証の継承は困難となっています。

 

長島両園には長島愛生園納骨堂、邑久光明園納骨堂があります。
病気を治療する療養所内でなぜ納骨堂があるのでしょうか。
なぜハンセン病は完治し、亡くなってもなお故郷に帰ることができない方々がいるのでしょうか。
それは、ハンセン病に対する偏見と差別が未だに社会の側に残っており「ハンセン病問題」が解決されていないからではないでしょうか。


左側:邑久光明園納骨堂 右側:長島愛生園納骨堂 



現在、長島両園で保存されている記録物の多くは経年劣化による損傷が進んでおり、記録物としての価値をいかにして維持していくかが大きな課題となっています。

 

4 寄附金の使途
下記の資料などを後世に伝えるために使います。

(1)長島愛生園、邑久光明園入所者の語り映像への多言語字幕の作成と編集
 ①長島愛生園入所者証言映像 25点
 ②邑久光明園入所者証言映像 25点


▲長島愛生園歴史館第二映像室
長島愛生園入所者の証言映像などが視聴できます。

長島愛生園、邑久光明園の入所者の平均年齢は85歳を超え、その声を直接聞かせていただくことが難しくなっています。
国際的にも過酷なハンセン病患者隔離政策がとられた日本において、長島両園ではそれらの記憶を後世に語り継ぐために、証言映像という形で記録しています。
これらの映像にはユネスコ世界の記憶への登録可能性があることはもちろん、ユネスコ世界文化遺産における顕著な普遍的価値を世界中の皆様に知っていただくという点からも多言語字幕の挿入を行いたいと考えています。



(2)長島愛生園「神谷書庫」資料の保存
 ①神谷美恵子氏と神谷書庫について
 ②資料の補修の方向性について


▲神谷美恵子氏

神谷美恵子氏と神谷書庫
神谷美恵子医師は、長島愛生園などで勤務された精神科医で、隔離政策により心を病んだ入所者にはじめて精神医療を導入された方です。またその中で多くの入所者に出会い、その記録から名著「生きがいについて」が生まれました。
神谷医師は最晩年まで療養所に関心を寄せ続け、亡くなられた時のご遺金を、ご家族の意向で療養所入所者へ寄付してくださいました。
療養所ではハンセン病関連資料の保存と収集を行う書庫を作り、それを「神谷書庫」と名付けました。ここでは、入所者の手によって愛生園のみならず、全国の療養所の機関紙や書籍の収集と保存を行い、日本のハンセン病研究に大いに活用されています。

しかし、その資料の保存については十分なものが未だなされておらず、資料の劣化は進行しています。各種の資料の脱酸性処理を行い、一次資料の保存を行いたいと考えています。


5 未来につなげたい、大切な記憶「十坪住宅貯金箱」

長島愛生園と「十坪住宅」
長島愛生園が開設された翌年の1931年(昭和6年)、癩(らい)病予防法が制定され、全てのハンセン患者を対象とした強制隔離対策が国策として取られるようになるとともに、ハンセン病の感染力はいたずらに誇張され、全国から患者をなくす運動「無癩(むらい)県運動」が繰り広げられました。その結果、定員を大幅に超過する多くのハンセン病患者が療養所に隔離され、療養所内の居住環境は劣悪を極めました。


こうした状況を改善しようと始めたのが「十坪住宅運動」でした。これは住宅建築の資金を民間の寄付に頼り、長島愛生園入所者の手によって建築するというもので、150棟もの十坪住宅が建築されました。
その内5棟は今でも残っています。


▲現存する十坪住宅「路太利(ロータリー)」
 劣化を防ぐべく、緑色のシートで覆われています。



十坪住宅貯金箱とは
この貯金箱は、十坪住宅建築第1号となった岡山県からの寄附舎「慈岡寮(じこうりょう)」を型取ったもので、長島愛生園の窯で焼かれた(愛生焼)ものです。
長島愛生園参観人へのお土産や寄付者への記念品として使われ、寄付の呼びかけにも使用されました。




▲現在残っている「十坪住宅貯金箱」
1935年(昭和10年)頃作成



これは、長島愛生園の土を使用し、園内の登り窯で焼かれたもので、主には作陶経験のある入所者が制作しました。しかし、そのほとんどは失われてしまい、現存している貯金箱は2つのみとなっています。


クラウドファンディングお礼の品
「十坪住宅貯金箱」リバイバルプロジェクト

今回、クラウドファンディングの返礼品として、「この十坪住宅貯金箱をリバイバルできないか。」と、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会と瀬戸内市長船町福岡を拠点に活動されている三木裕紀さん(瀬戸内市地域おこし協力隊OB/FabLab setouchiβ運営)に相談したところ、寒風陶芸会館(瀬戸内市牛窓町)で貯金箱のリバイバル版を製品化することになりました。






現在、長島愛生園には陶芸クラブ「内白間(うちしらま)窯」があり、この型枠を作成する上で入所者の方のご協力をいただきました。


この貯金箱は、入所の方たちが作られた原型を基に石膏型を作り、一つ一つ丁寧に型押ししたものを組み立てて作り上げています。

当時の貯金箱は取出し口がありませんでしたが、リバイバル版は裏面に取出し口を付けていますので貯金箱として何度も使用できます。


▲十坪住宅貯金箱リバイバル版


長島愛生園入所者自治会 会長/内白間窯会員
中尾 伸治さんからのメッセージ

私たち長島愛生園入所者と長島愛生園歴史館、瀬戸内市、そしてものづくりに携わる瀬戸内市民が心を込めて作り上げたこの貯金箱を通じてハンセン病療養所と療養所内での過酷な隔離政策を必死に生きてきた私たちの歴史を多くの皆さんに感じていただき、後世へと語り継いでもらえたらこの上ない喜びです。
最後に、この貯金箱を通じて長島愛生園に関心を持っていただき、この地に足を運んでいただけたら幸いです。
私たちは皆さんを大歓迎いたします。


▲収容桟橋を背に






 NPO法人の設立

岡山県内では2010(平成22)年から「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会・岡山」を設置し、武久顕也瀬戸内市長が会長を務め長島両園それぞれの将来構想の実現を目指しています。
2017(平成29)年7月には将来構想に「世界遺産登録へ向けての取り組み」が追加記載され、その実働組織として2018(平成30)年1月、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会が設立されました。

NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会
ユネスコ世界文化遺産・世界の記憶への取り組み

NPO法人ホームページ <<<詳しくはこちらへ>>>
 


最後に

2つの療養所にある歴史を後世に残す事によって、多くの人々にハンセン病問題に関心を持ってもらい、正しい知識を広めていくことでハンセン病問題の解決を目指していきます。
皆さまのご理解とご支援のほど、よろしくお願いいたします。



このプロジェクトの問い合わせ先
瀬戸内市役所 市民部市民課 人権啓発室
Tel.0869-22-3922
Fax.0869-22-3973
E-mail :jinken@city.setouchi.lg.jp

撮影
写真家 島 隆諦
写真家 西 岳海


交通アクセス



[公共交通機関でのアクセス]

JR岡山駅から
JR赤穂線 上り(25分)邑久駅下車 徒歩5分
JR播州赤穂駅から
JR赤穂線 下り(44分)邑久駅下車 徒歩5分

自家用車等でのアクセス
広島方面から
国道2号岡山バイパスから岡山ブルーラインへ 瀬戸内ICで下り、北(瀬戸内市街方面)へ約3分
大阪方面から
山陽自動車道備前ICで下り、岡山ブルーラインへ 瀬戸内ICで下り、北(瀬戸内市街方面)へ約3分






 

ふるさと納税ガバメントクラウドファンディング(GCF) 「[「後世に伝えたい ハンセン病の歴史」] 」への支援メッセージ

ふるさと納税ガバメントクラウドファンディング(GCF) 「[「後世に伝えたい ハンセン病の歴史」] 」への支援メッセージ

2019.07.09
少額ですがお役にたてていただければ幸いです。

2019.07.06
先日、人権研修の一環として長島愛生園に伺いました。
その際は、わかりやすくご説明いただき有難うございました。
百聞は一見に如かずと言いますが、現地を見て、私たちはこのような人権侵害を二度と起こしてはならない、との思いを強くしました。

2019.07.01
皆様の活動を些少ですが支援させていただきたく思います。

2019.06.01
2004年に『しがまっこ溶けた』という本に出逢いました。後世に伝えたいという想いに賛同し、微力ながら応援いたします。

2019.05.10
私たちは負の歴史から学ばなければいけないと思います。
わずかですがお役に立てれば。
私も頂戴する十坪住宅の貯金箱に込められた歴史や願いを子や孫に伝えていきたいと思っています。

2019.05.10
残すことに少しでも役立てればと思いました。

2019.05.10
今朝ニュースで聞いてすぐ申し込みました。以前から関心は持っていましたが、具体的にこうやって支援できうれしく思っています。

2019.05.09
歴史を伝え続けて下さい。忘れてはならない事実と思います。